宗教の終焉
仏教国である微笑みの国タイの若者から、週末をお寺で過ごしたという話を何度か聞きました。とても気持ち良くてすっきりしたと微笑んでいます。また一緒に車に乗っていると、街角のお地蔵さんを通りすぎるたびに、無言でお地蔵さんに向かって軽く拝みます。
所変わってアメリカはニューヨークで、ホテルのバーテン が最近結婚したと言うので、何処で出会ったのか尋ねてみると教会で知り合ったと言います。パリ、ロサンゼルスと並んで個人主義の最先端のように見えるニューヨークでも、少し郊外に出ると教会を中心としたコミュニティが重要な役割をしているのです。
現在、統計上は日本の仏教徒は約9,800万人という数字があるものの、じつはいろんな宗教の信者の数を合計すると総人口の2倍になると言われます。逆に「あなたは宗教を持っていますか?」という質問に対して「無宗教」と答える人は7割以上ともいわれています。
日本では、特に近代以降、近代化政策の前に 廃仏毀釈と国家神道化、敗戦期は天皇の人間宣言と信教の自由と、人々の宗教心は蹂躙されてきました。 もちろん宗教の陳腐化など様々な理由があるかも知れません。
江戸時代には幕府の政策上戸籍の管理はお寺が行なっていましたから、葬儀は必ずなんらかの形で檀那寺が関与するものでした。
古典落語の「黄金餅」では、たまたま隣に住む人が、一人暮らしのフリーのお坊さんの遺骸を桶に入れて、東京下谷の長屋から麻生の檀那寺まで担いでいきます。わざわざ担いでいったのは、金銭的な欲があったからですが、それでも檀那寺(大変な貧乏寺ですが)までいけば、葬儀を執り行ってくれたのです
今我々は、人々がより集う、また冠婚葬祭の場でもある宗教というコミュニティを失いつつあるのです。
